ゆっくり人生

不登校や引きこもりを経験しながら、現在は研究者の登竜門的存在である日本学術振興会 特別研究員(DC1)を務める大学院生のブログ

元引きこもり、社会保障について考える。

メンタリストDaiGo氏の、生活保護受給者やホームレスの方々を軽視する発言が炎上しているとの報道がなされていましたね。最近は落ち着いてきましたが。

 

この発言が彼の本心か、インフルエンサー特有の炎上商法なのか、そしてその後の謝罪は本心からのものなのか、などなどは僕にはよく分かりません。

 

そのような事情から、僕は彼を擁護するつもりも責めるつもりもありません。

どのような意図であれ、彼の発言が人権意識を欠いたものであったことは事実であるので、あの発言に擁護の余地はないと思います。

また、謝罪をしている以上、本心からのものであった場合はこれ以上の追い討ちをするのは非道であるし、もし炎上商法の一環としての謝罪なら、この件に関心を持ち続けることが彼の思惑通りになってしまいます。

よって、彼にほとんど関心を寄せずこれまで生きてきた僕のすべきことは、その態度をこれからも続けていくことでしょう。

 

このように、無関心を装いたい気持ちもあるのですが、謝罪を聞いていて引っかかることがあったのも事実。

なぜかというと、Twitterでも書いたように、僕は不登校・引きこもりなどの経験から、生活保護やホームレスといったことに対して「自分にも簡単にその状態となりうる」という感覚を持って生きているからだと思います。

 

  

少し想像力を働かせれば分かることだと思うのですが、職を得ることができない、金銭的に困難な状況に追い詰められるといった事態は、個人の努力だけで回避できるものではありません。

自分の力ではなんともならない要素も大きく関わってきます。

 

例えば、現在のコロナにより打撃を受ける多くの業界を見れば分かるでしょう。

経営者はいつ自分の企業が傾くか分からないし、被雇用者も安定した給与が得られなくなる、最悪解雇されることもあり得ます。

これに対し、「コロナ禍にうまく対応できず企業を傾かせた経営者が悪い」とか、「企業に見切りをつけて別の働き口を見つけられないのが悪い」など、本人の責任に100%帰すことができるでしょうか?

 

「苦しい状況から人生を立て直す人もいる。生活保護受給者やホームレスはその状況を打破できなかっただけで努力が足りなかった結果」というようなことを言う人もいるかもしれません。

僕も不登校・引きこもりから日本学術振興会 特別研究員という将来を期待される若手研究者までこれたので、「苦しい状況から人生を立て直した」と言える人間かもしれません。

 

たしかに僕は人生を立て直す過程で、多くの努力をしてきました。学校に普通に通い、就職する道とは違った種類の困難を経験してきたと思います。

しかし、なぜ僕が人生を立て直せたかというと、僕の努力以前に、僕に努力をしようと思わせ、それを実行に移すことができる環境があったからです。

僕の背中を押してくれる恩人がいて、そして僕が立ち上がろうと思ったときに経済的な援助をしてくれる親がいたから、僕は今ここにいることができます。

 

そういった努力できる環境がない人は多くいます。

頑張ろうという気力を沸かすことができない、気力が湧いてもそれを実行に移せない環境に置かれている人が。

 

「本人がどれだけ努力をするか」ということは人生において非常に重要なことであり、その努力が成功に繋がると「自分だけの力で成功を勝ち取った」と勘違いしてしまうかもしれません。

しかし、そもそも「努力ができる環境が整っていた」という、本人の力によるものではない要素があるということも忘れてはいけません。

この世の中で個人の力のみで成功を勝ち取る、ということは起こり得ないと言って過言ではないでしょう。

 

どのような国に生まれるか?

どのような家庭に生まれたか? 

どのような人と出会うか?

どのような社会の変化が起こるか?

 

人生には本人の力ではどうにもならない要素が満載です。

一言で言ってしまうと、「運」の要素ですね。

 

このように、生活保護受給やホームレスとなる方々は、本人の努力が足りなかったからそうなってしまった訳ではありません。

本人の力ではどうにもならないものに追い込まれてそうなってしまった、という側面も大きいのです。

 

そして、それは誰にでも起こりうるものです。

だれにでも起こり得たかもしれないものです。

だからこそ、我々は納税という形で社会保障制度を維持し、支え合わなければならない。

今は支える側となっていても、いつか支えられる側になるかもしれない。

何かを違えれば、今支えられる側だったかもしれない。

生活保護というのは、今困っている人のためにあるものであるというのは当然ですが、それは他人の話という訳ではありません。

未来の自分に必要なものでもあるかもしれないし、環境が違ったら現在の自分にとって必要だったかもしれないのです。

 

十分な想像力・論理的思考があれば、ホームレスや生活保護受給者への差別するような考え方がどれだけ愚かしいことか、生活保護なとの社会保障はなぜ必要かということも分かることでしょう。

これからの僕の人生、どれほど成功を積み重ね、富や社会的地位を築くことができようとも、自分を過信し他者を蔑ろにするような言動とは無縁でありたいと思います。

 

 

おしまい

 

 

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