ゆっくり人生

不登校や引きこもりを経験しながら、現在は研究者の登竜門的存在である日本学術振興会 特別研究員(DC1)を務める大学院生のブログ

引きこもりをやめて初めてバスに乗ったときに出会ったおばあさんとの話(はてなインターネット文学賞)

はてなインターネット文学賞:「記憶に残っている、あの日」

 

僕にとっての記憶に残っている日。

それは、引きこもりをやめると決心し、予備校の入校試験を受けに行った日のこと。

引きこもりのときも全く家から出ないという訳ではなかったのですが、その日は僕にとって、家から遠く離れ、久々にまともな外の世界へ一人で飛び込まなければならない日でした。

 

僕がそれまでの高校を卒業してからの2年ほど、引きこもりをしていた大きな理由はパニック障害にありました。

パニック障害になると、一部乗り物に恐怖心を抱くという症状が出る人もおり、自分もまさにそうでした。

しかし、予備校の入校試験を受けるには高速バスに乗り、予備校の所在地までたどり着かなければなりません。

薬を飲んでいるとはいえ、強い不安を抱えて僕はバスに乗り込みました。

 

「どうやって気を紛らわせてバスの時間を過ごそうか」とソワソワしていると、一人のおばあさんが後方の僕の座席の方へ近づいてきて、隣の席に座りました。

「席はまだまだ空いているのに、わざわざ隣に人がいる席に座ってきて何が目的だろう」と思いましたが、どうやら話し相手が欲しかったらしく、すぐに話しかけてきました。

あるいは不安げな表情で座る僕を気遣ってくれたのかもしれません。

 

おばあさんは、これから息子さん夫婦のところに遊びに行くところだ、と話し始めました。

「息子が勤めてるのはこのバス会社だから、このバスに乗るのも割引を効かせてもらえるんだよね」と、社会で活躍する息子さんのことを誇らしそうに話していました。

社会復帰しようとする僕にはとても眩しい話でした。

 

ひとしきりおばあさんからの話が終わると、「貴方は何をしに行くために、このバスに乗ってるの?」と僕に話を振ってきました。

短時間しか関わっていませんが、このおばあさんは信頼できる人だと心を許し始めていた僕は、高校卒業後の2年間ほど引きこもっていたこと、その原因として高校生の頃からパニック障害であること、状況を打開すべく一念発起して予備校に通うことになったこと、そのための試験を受けに行くところだ、ということを打ち明けました。

少し重い話をしてしまって申し訳なかったかな、と僕は少し心配になりました。

しかし、おばあさんは僕に「大変な思いをしてきたのね。これから頑張ろうと思たのなら、無理せず頑張ってね」とエールをくれた後、「私にはもう一人息子がいるんだけどね、今精神疾患で休職してるのよ」ともう一人の息子について話し始めました。

 

おばあさんの話によると、その息子さんは良い大学を出て良い会社に就職したらしいのですが、そこで適応できずに心を病んでしまっていき、休職となってしまった、ということでした。

 

僕としては(当時はまだ大学に入っていないくせに)シンパシーを覚える話でしたが、「逆に重い話をさせてしまった」とおばあさんが話し始めた当初は申し訳なさを覚えました。

しかし、心を病んだ息子の話をするおばあさんの様子は、嫌な話をするような感じでは全くありません。

なんだったら、「今までの人生うまく行っていた息子にとっては、立ち止まって考える良い機会になったんじゃないの」とあっけらかんとした様子でもあり、その息子さんの話を詳しく教えてくれました。

バス会社で働く息子さんと同じように。

 

これが僕には衝撃的でした。

実は僕には非常に優秀な兄がいます。

僕と違って優秀な大学に現役で合格し、そのまま大学院に進学し、良い会社へ就職することを間近に控えていた兄が。

僕と兄の兄弟仲は非常に悪かったです。

特に当時の僕は、優秀な兄に強いコンプレックスを抱いてもいました。

そして、僕の両親は口に出さなくとも、僕と兄を比較し、僕のことを蔑んでいると勝手に思っていました。

 

しかし、おばあさんの話を聞いていると、親にとって子どもというものはどんな状態でも皆平等に可愛いものなんだな、と思えました。

「毒親」と呼称されるような子どもにとってよろしくない親ももちろんいます。

しかし、このおばあさんのようなマトモな親にとっては、子どもの間に優劣などないんだな、と。

 

おばあさんの話を聞きながら、「僕の両親は僕ら兄弟のことをどう思っているだろうな」と考えずにはいられませんでした。

確かに両親は、当時の僕の状況を憂いていたでしょう。

しかし、だからといって兄弟を比較し、僕のことを蔑ろにするようなことは、記憶を辿る限り一切しませんでした。

このおばあさんのように、自分の子どもたちがどんな立場にあろうと平等に愛を注いでくれる親だったんじゃないか、と気付かされました。

 

僕が引きこもりをやめる決心をしたのは、半ば両親に追い出されたからではありました。

そのため、僕は正直、「僕のことを理解しないで酷い仕打ちをする親だ」と親を恨みかけていました。

 

しかし、おばあさんと話していくことで、そのような両親への悪感情が少しずつですが消えていくのを感じました。

「両親の行動は、僕にとって正解だったかはともかく、僕を愛してくれていることが根本にあるものだったな」、と。

おばあさんの話は、自分の親の愛に気づかせてくれるもので、非常に僕のためになるものでした。

 

そしてバスは目的地へと到着しました。

僕はおばあさんとの話のおかげで車内で強い恐怖感を覚えることなく過ごすことができました。

 

バスを降り、おばあさんにお別れを言ったら、「話し相手になってくれてありがとう。これでジュースでも買って」と200円渡されました。

お礼を言わなければならないのはこちらの方だと返そうとしたのですが、おばあさんは「いいからいいから」と受け取らず、僕に手を振って目的地へと歩き始めて行きました。

僕はそのおばあさんの後ろ姿に深々と礼をし、姿が見えなくなるまで見守ってから、予備校へと向かいました。

 

これが、引きこもり脱出後、初の見知らぬ人との出会いの話です。

7年ほど経った今でも覚えているほど、僕にとって非常に大切な出会いです。

このおばあさんとの出会いがなかったら、予備校で頑張ることも、大学に合格することも、今の立場までくることもできなかったと本気で思っています。

今でもふとした瞬間に思い出す、不思議で大切な日の話でした。

おばあさんが今どうしているかは分かりませんが、ご家族含めて皆幸せであることを祈っています。

 

 

おしまい

 

 

2021年9月14日 22:47 追記

はてなインターネット文学賞」の結果発表にて、この記事は受賞を逃したものの「編集部注目の投稿」として以下のページで紹介していただきました。

最近、忙しさを言い訳に更新できていない当ブログですが、その中でも取り上げていただきまして、はてなブログ様、誠にありがとうございます。

そして読者の皆様もありがとうございます。

そろそろ更新を再開しようと動いています(清書すれば公開できるという状態の記事がいくつかある状態にはできています)ので、どうぞご贔屓にお願い致します。

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